ショートストーリー「役員決め」

 恵は教室の天井に空いた穴の数を数えていた。二時間近く誰も声を発しない教室で隅の席に座っている。が、恵は小学生ではない。萌の母親として、六年三組の教室にいるのだ。
「では、こうしましょう」
 前役員の東さんが沈黙を破った。
「皆さん、机の上に携帯電話を置いて下さい。誰とも連絡を取らないで下さい。これから紙を配ります。役員をするのが嫌なら、役員を放棄する権利をいくらで買うのか書いて下さい。安い金額を書いた二人が役員になります。そして、高い金額を書いた二人は実際に役員をする二人にその金額を払ってもらいます」
(え~?)(何それ~!)という罵声も気にせず、東さんは紙を配りだした。
「では、十分以内に」
(つまり、上でも下でもない真ん中の金額を書けばいい。三十人クラスだから二十六人は何の被害もない。普通でいい。簡単だ。)
 が、その簡単がなかなか簡単にはいかず、恵のペンは全く動かない。周りを見てもみんな恐ろしいほど止まったままだ。ただ目の玉だけが何かを考えるように動いている。
 いつもブランドを纏っているMさんはいくらと書くのだろう。Yさんの家は弁護士だから高い額を書くはず。Tさんの家は歯医者だっけ。一万円とか二万円とか書くのかな。じゃあ、八千円くらいでセーフ?でも、そんなに払うのはイヤだな。千円なら払ってもいいけど、千円で役員免除ならみんな払うよね。一番安いのは誰だろう。Oさんの子は冬でも半袖だから貧乏なのかな。Hさんも母子家庭だから多くは払えないはず。でも、安く書いて役員になったらタダ働きだからそれこそ損だよね。ってことは、高め設定?
(あ~、わからない。)
「残り一分です」
 東さんは淡々と言うと、思い出したかのように付け足した。
「役員を受けてくださった方には、夫が開発中の不老の薬も特別に差し上げます」
(え!不老?)恵は思わず顔を上げた。そして、紙に金額を書いた。
『役員に値段をつけるなんて間違っていると思います。ゼロ円。』
 十分が過ぎ、東さんは紙を回収した。全ての紙に目を通すと、透る声で言った。
「役員は加山さんと鈴野さんに決まりました」
 自分の名前が呼ばれた恵は、残念な表情を作りながらも心の中でガッツポーズをした。
「そして、田口さんは三十万円・村井さんは十万円を一週間以内に払って下さい。加山さんと鈴野さんは二十万円づつ受け取れます」
(二十万円!)予想以上の高額に恵は驚いた。
「では、役員の定例会は一ヶ月後です」
 教室はあっという間に空になった。東さんは恵と鈴野さんに約束のものを手渡した。
 一ヶ月後、恵は役員会に向かった。
「今日の議題は、役員決めです」
(また?今度は役員の長を決めるのかしら?)
 沈黙が続いた。
「では、こうしましょう」
 どこかで見た光景が展開される。恵は、ついにこの決め方が流行りだしたのかと呆れた。いくらなんでも役員長まではする気がない。すでに二十万円稼いでいることもあって、あっさりと『八千円』と書いた。
「役員を発表します。森さんと加山さんです」
(うそ、八千円でも最低額なの?)
「次回の定例会は一ヶ月後です」
 一ヶ月が過ぎた。定例会に行く前に、恵は銀行で記帳をした。二十万円が二回入金されている。計四十万円。
 役員会の教室に入る。議長らしき人が黒板に文字を書く。『役員決め』。「今日の議題は、役員決めです」
(は?先月決めたでしょ?)恵は独りごちた。
 沈黙・・・「では、こうしましょう。」
 恵は『二万円』と書いた。
「役員は、大野さんと加山さんです。定例会は一ヶ月後です」
(一体どういう事?)
 が、恵は役員らしい仕事を一切していないことに気付いた。ただ毎月二十万円が貯まっていく。こんなに楽な仕事はない。
 三月になり、二百万円以上が貯まった。萌も卒業なので役員も終わる。何もしないでかなり稼がせてもらった。
 萌が卒業式の案内を持ってきた。恵は役員として出席する。萌は在校生として出席する。
「ざ、ざ、在校生?六年生なのに?」
 恵は大声で叫んでいた。
「ママ、何言ってるの?六年生になるのは来月からだよ」
「だって、六年三組・・・」言いかけて、東さんからもらった不老の薬を思い出し、顔から血の気が引くのを感じた。
 三月の定例会はその翌日だった。
 恵は金額を書いた。
『二百万円』
「次の役員は東さんに決まりました。」

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公募ガイド「小説の虎の穴」(課題:時間のない世界)の落選作です。
応募した作品には、ラスト1行が含まれていません。
1行加えることで、「もしかしたら、まだ廻っているの?それとも抜け出せたの?」と、どちらにも捉えられるような不安を盛り込みたくなりました。

サイトーさんが佳作でしたね。遅くなりましたが、おめでとうございます。
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リンさん

すごく面白かったです。
役員決めの経験がある人は、みんな頷きながら読んだはずです。
まずお金を出すと言う発想が面白い。
20万ももらえたら、やりたい人が殺到しそうですけど^^

ただ、このテーマに合わせてSFっぽくしたのが何だかもったいないように感じました。
役員決めやママ友との接し方などに焦点を当てたコメディにしたら、すごく面白い話になると思います。

ちなみに私も落選でした。
課題難しいですよね。
by リンさん (2014-07-07 18:28) 

dan

役員を決める学期初めの風景を思い出しました。
もう大昔のことなのに大変なことだったのでしょう。
手段として入札が出て来てびっくり。引き受けたら
儲かる上に不老の薬までついてくる、まさに奇想天外。
面白いのだけど少し複雑すぎて、私は何回も読みました。
「テーマ」とも離れているように感じたのだけど、私の理解力
不足かもしれません。
発想が面白いので何だか残念な気がしました。
by dan (2014-07-10 12:49) 

きたがわ

大したことじゃないんでしょうけど、この話の主人公の名前「恵」が
「めぐみ」なのか「けい」なのかが、まず気になってしまいました。
こういうのひとつで、入り込めるかが決まるというはあるのかなぁとか思いましたがどうなんでしょう???
自分は、話とか入り込んで読むタイプなので入り込めないとナカナカ読み進まなくなっちゃうタイプです。

それから、最初に説明がほぼ無いので、この話の設定がよくわからないのですが、六年三組の教室とは書いてあるけど、この時点で子供は実は五年生だったのか最初の役員ぎめをした時期はいつなのかとか色々考えちゃいましたけど・・・。

不老の薬ってのも貰ってはいるけど、描写もないので実際に使ったのかも全くわからないんかなと。
毎回支払い額が20万円?ってのも決まってるのみたいな感じにも見えるし。
なぜ最後に、主人公が200万と書いちゃったのかの理由がわからないのと、
ループしてるのなら、どこをループしてるのか少し判りづらいかなと。

なんか、なに書いてるかわからなくなっちゃいました!(笑)

by きたがわ (2014-07-14 18:01) 

とりで

秋の虫の声を聴きながら、感想文の練習です(笑)
まず第一印象はというと、役員決めという年中行事を舞台にして、どのような展開になるのかをドキドキしながら読むことができたので面白かったです。
でも、何回か読み返して細かいところを気にしてしまうと、やはり「不老の薬」という重要(そう)なアイテムに興味を持ったのに、軽い扱いになっているため、ちょっともの足りない感が残ってしまいました。
特に、最後の一行が加えられたことにより「東さん」が再登場したので、一年間何もせずに二百万円を手に入れて得をした(?)「東さん」って何者?
「東さん」が仕組んだのでは?と憶測が広がり・・・う~ん眠れなくなりそう (^^;
by とりで (2014-09-26 01:00) 

かよ湖

リンさん、お久しぶりです。コメントありがとうございます。
私、学校の役員って、本当に向いていなくて、イヤな行事の1つなんです。でも、快く受けてくださるお母様方もいて、とても感謝しています。
役員決めの際に言われる「平等」という言葉。人によって重責の重さは平等ではないと思うので、入札制で書いてみました。
実は、大分前から書きたい内容だったのですが、こういうのって、子どもを持つ母親としてどうなの?という疑問もあり、「虎の穴」をきっかけに書いた次第です。
という事で、こういう仕上がり、です。

10月号の公募ガイド、買って読みました。そのうち感想を書きますね。
おめでとうございます。
by かよ湖 (2014-10-05 20:01) 

かよ湖

danさん、お久しぶりです。コメントありがとうございます。
ちょっと分かりづらかったですかね。テーマの「時間のない世界」。私は「時間の進まない世界」と捉えて書いてしまったので、ズレてしまったようです。
このズレ、何となくは気付いていたのですが、「これを書きたい」という気持ちが勝ってしまいました。

danさんのブログも読んでいます。今度、コメント書きに伺いますね。
by かよ湖 (2014-10-05 20:13) 

かよ湖

きたさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
名前、たしかにそうですね。1箇所引っ掛かると私もなかなか進めません。
今回は公募用で5枚厳守なんですよ。そういう場合、私はだいたい1文字で男女が分かり易い名前を付けるんです。最近の子どもの名前は色々だけど、小学生のお母さんという設定だったので、一般的な名前にしたつもりだったのですが・・・。
不老の薬の使用も、役員を受けてまで手に入れたいものだったので、当然使用、というのが筆者の前提でした。もっと丁寧に書く必要がありましたね。
色々と勉強になる感想でした。ありがとうございます。
by かよ湖 (2014-10-05 20:44) 

かよ湖

とりでさん、コメントありがとうございます。
皆さんのコメントも含めて、「不老の薬」は出さない方が分かり易かったのだな、と感じました。私の中で、このアイテムはループさせる為の補助道具であり、問題の本質ではなかったからです。もっとゆるいループアイテムを使うべきでした。
「PTA役員とお金と子どもの成長」のどこにポイントを置くか?を課題にしたかったのに、全く伝わっていないことが分かりました。
ありがとうございます。
by かよ湖 (2014-10-05 20:57) 

とりで

『「PTA役員とお金と子どもの成長」のどこにポイントを置くか?を課題にしたかったのに』って分かりにくいです(汗)
「子供の成長」には気付かなかったですけど、「時間のない世界」というテーマからすると、年中行事になっているPTAの役員決めを題材にしているところが、このお話の面白さだと思うのですけど。
by とりで (2014-10-06 00:01) 

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